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筆跡鑑定人日記

筆跡鑑定人日記−17

筆跡鑑定人 根本 寛


 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」 のようなものです。
お気軽にお付き合いいただければ幸いです。
ただし、プライバシー保護のため、マスコミ報道された内容は別にして、固有名詞
は原則的に仮名にし、内容によってはシチュエーションも最小限の調整をしていることをご了解ください。


誤字はダイヤモンド


別れの季節の悲しい話

三月は別れの季節である。あちこちで、盛大に、時にはささやかに送別会が行われる。この季節になると、鑑定人の私に必ずといってよいほどあるのが、「中傷文」の鑑定である。企業のものもあるが、多くは幼稚園やPTA絡みのものが多い。
私も小学校のPTAの会長をやったことがあるので、その運営をなど巡って何かと確執があるのは理解できる。特に女性中心の集まりで、そこに上下関係が絡むと様相が陰湿になってくるようだ。一つ釜の内は仲良くしているが、いよいよお別れとなると確執が陰湿な形になって表れる。

厄介な異なる書体の鑑定

今回は、PTA役員からの相談である。「あなたの顔にはブタも負ける。子供もそっくりだ」など、便箋一枚にぎっしりと罵詈雑言が書き連ねてある。書き手は予測できるとのことで、対照する資料を添えて送られてきた。こちらも用箋が三枚ほどある。
さっそく、点検してみると、中傷文と対照文はかなり書体が違う。中傷文は、いわゆる「変体少女文字」といわれる系統の一種の変形文字である。
一方、対照する文字は、一昔前の「丸文字」の雰囲気ではあるが、一応普通の筆跡である。
これは厄介だなと、思いつつ仔細に点検していくとAの文字に出会った。「言」の文字の部分の横画が一本不足している「誤字」である。この様な書き方の人は時にいるもので、毎回ではないが時々、このような書き方になる。時間を節約しようとして自己流の速記文字を身につけてしまうのかも知れない。
「よし! これはいいポイントだ」と思いつつ点検していくと、あと二つ、合計三つを発見した。このように三字もあれば、たまたまの書き損じということではない。安定した筆跡個性といえる。


「あった!」嬉しい一瞬

 こんどは、対照文書である。用箋一枚目には同じ文字はまったく見当たらない。二枚目にもない。あきらめかけていたら、「あった!」三枚目の後半になって「話」の字のほか「謝」の文字、同じ省略文字の二字を発見した。(図B)
「これで決定だな」と、ほっと安堵の一瞬である。
この文字だけで同一人と判断したわけではないが、これが決定打の一つになった。筆跡鑑定では、恒常的な「筆跡個性」が一致するか否かを調査するのだが、その筆跡個性もありふれた特徴では意味が薄い。めったに見ない稀少な筆跡個性の一致が重要である。その点で「誤字」は極めて稀少な筆跡個性といえる。しかも、鑑定文で三字、対照文で二字というのは、これだけで同一人と判断できるくらいのポイントである。

中傷文書・対照文書


今回の鑑定は、書体が違うので最初は懸念されたが、意外に簡単だった。今回のような明確なポイントを発見すると、鑑定人は、まさに河原の砂利の中からダイヤモンドを拾い上げたような気分になるのである。
(19年2月)


話数
筆跡鑑定人日記バックナンバー
第二十六話

円満紛争解決学

第二十五話

ハニカミ王子の筆跡

第二十四話

岡田監督の筆跡

第二十三話

三浦和義の筆跡

第二十二話

芸能人の筆跡あれこれ

第二十一話

コンピュータの鑑定は人間より信頼できるか

第二十話

堀江貴文・佐野厄除け大師の怪

第十九話

トイレ万札事件の主人公は?

第十八話 ぶるーくろすで虐待はあったのか
第十七話 誤字はダイヤモンド
第十六話 イジメと切れやすい子供の筆跡
第十五話 塩尻市男女変死事件
第十四話 文部科学省への自殺予告文
第十三話 冤罪を晴らす
第十二話 ドメスティック・バイオレンス
第十一話 畠山鈴香と酒鬼薔薇聖斗の筆跡
第十話 プロの目・アマの目
第九話 狙われた宮司の財産
第八話 遺言書偽造事件
第七話 鑑定における統計的なアプローチについて
第六話 1ヵ月に2回離婚した夫婦
第五話 他人が手を添えた署名は有効か
第四話 営業マンの犯罪
第三話 間違いのない鑑定依頼の方法
第二話 変体少女文字の怪文書
第一話 ちょっとした工夫で納得性を高める