筆跡鑑定人ブログ
筆跡鑑定人ブログ−30 |
筆跡鑑定人 根本 寛 |
このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」 のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。 |
一澤帆布事件では何故警察の筆跡鑑定が敗れたのか (09−1−28) |
■ | 遺言書をめぐる係争で警察系の鑑定人・三人が敗れる 平成20年11月、大阪高裁は京都の人気かばん店「一澤帆布」の遺言書をめぐる争いに逆転判決を下した。 |
||
■ | 警察系鑑定人のどこに問題があるのか。 司法を含む鑑定界の構造問題は「鑑定人日記28」に書いたので割愛し、ここでは多くの警察出身の「鑑定技術の問題」に絞って説明したい。そもそも正しい筆跡鑑定の進め方はつぎのような3ステップになる。 |
||
■ | 対照文字が複数個あっても一字しか取り上げない鑑定人がいる。 この見極めが難しいのは、前述した「筆跡の乱れの大きな人」(個人内変動が大きい人)と、偽造が懸念される場合である。個人内変動が大きい人の場合、鑑定すべき文字と対照すべき文字が、一個づつしかないとしたら筆跡個性を正確に特定することは困難である。ある特徴が見つかったとしても、その特徴がたまたまのものか、恒常的な筆跡個性であるのかの区別がつかないからである。 たとえば、aで指摘した「横線の上に縦線が突出する長さ」にしても、確かにAとCは長さは異なっている。しかし、鑑定、対照資料が1文字づつしかなければ、この違いはたまたまの個人内変動か別人ゆえの違いかは判断できないのである。特に、このような字画線の長さというものは、変化しやすい代表的なものなので1字で断定することは危険である。 |
||
■ | 警察系の鑑定は自分の判断に合致しない部分への説明がない。 |
||
第二のステップは、特定した筆跡個性を対照資料と比較することである。ここでの主な問題は、自分の判断に合致しない部分があったとして、それが何故生じているのかを説明しない鑑定人が少なくないことである。 ??? 筆跡鑑定は、始めに結論ありきではない。鑑定を1つ1つ進めていった結果到達する結論である。しかし、実際には、鑑定前におおよその方向性を確かめてはじめることが多い。依頼者にすれば必要でもない鑑定書が出来上がっても困るので、事前調査である程度確認して取り掛かるからである。あるいは、そうでなく、鑑定をある程度進めて、鑑定人がイエス・ノウどちらかの心証を得ている場合もある。 そのような場合、仮に自分の判断と異なる筆跡特徴が出てきたとしたら、鑑定人は、それを隠すことなく指摘して、それがいかなる理由で表れているのかを、考察し説明しなければならないということである。 筆跡とは、「全てを合理的には説明しきれない人間の行動」から生まれている。「白」と判断してきた文字群だが「黒」としか見えない部分が表れることがある。そのような場合、頬被りしてしまう鑑定人が少なくない。 しかし、そうではなく、仮に推察であってもこのように推察するという説明が必要なのである。それは専門家としての使命といえる。 つぎの図は、資料AとBが同一人の筆跡か否かを調べるものであるが、結論は「同一人の筆跡」である。この文字は鑑定も終わりの頃に出てきたものだが、この文字には、明確な相違点がある。終筆部の「ハネ」の有無である。 実は、資料A・Bの文字は書かれた時期がかなり異なっている。資料Aは78歳時のもの、資料Bは45歳時の筆跡である。私は、このハネの有無を経年変化と理解した。そこで、鑑定書にはつぎのように説明した。 |
|||
■ | 警察系の鑑定では、単純に一致・不一致の数で判断することが多い。 |
||
第三のステップは、比較検討してきたことを総合的に考察して異同を判断することである。これが筆跡鑑定のまとめであり、肝心かなめの部分であることはいうまでもない。 ここでの問題は3点ある。第1に一致であれ、不一致であれ、その重要度についてプライオリティをつけないことである。一致といっても「ごくありふれた特徴の一致」もあれば、「めったに見ない稀少な筆跡個性の一致」もある。 たとえば、つぎの図を見て頂きたい。資料A・Bが同一人の筆跡か否かを調べるものである。 |
|||
ここでは、指摘した3点のうち2点は一致している。このような場合、警察方式では「一致=2、不一致=1」として、「一致が多いから同筆」と見るらしい。そのように説明しているものを見たことがあるし、実際の鑑定でもぶつかったことがある。 しかし、これはどう考えてもおかしい。たとえばこの例でも、aとbで指摘した特徴はきわめてありふれた特徴である。この程度の特徴の人間は、少なく見ても4〜5人に1人程度はいるだろう。 一方、cで指摘した「二つの木の字をクロスするように書くこと」はかなり稀少な特徴である。このような書き方をする人間は20人に1人程度しかいないのではないか。このような大きな違いを同列に見るというのはあまりに機械的であり、真実の究明からは極めて大きな問題である。 |
|||
■ | 警察系の鑑定では「模倣困難部分」と「模倣容易部分」の区別をしないで扱うことが多い。 |
||
異同判断の問題第2は、偽造が想定される場合、偽造しやすい部分としにくい部分の区別をしないということである。たとえばつぎの図を見て頂きたい。鑑定資料Aは偽造したものである。この書き手は、aで指摘した転折部を本来は丸く書いている。しかし、ここでは角型に書いている。これは、偽造すべき文字が角型なので模倣したのである。また、強いハネも模倣である。 このような部分を模倣することは難しくない。なぜなら誰でもすぐに気がつく部分だし、この程度なら意識でコントロールできるからである。しかし、注意して欲しいのは内部に書かれた2本の横画である。 対照資料Bは、2資料ともに、2本の横線が中央に寄って書かれている。2資料に書かれているので、安定した筆跡個性だといえる。しかし、資料Aはそうではなく2本の横線が開いた形になっている。これは、偽造者の本来の筆跡個性が露呈したのである。 ??? このように、誰もが気付く、かつ、簡単な部分は容易に模倣することができる。しかし、普段から意識されない部分、あるいは気付かない部分に作為を施すことは出来ないはずである。説明した「月」の文字の文字でも、内部の横画は拡大し指摘されれば気付くが、普通は意識しないで書いている人がほとんどだろう。したがって、このような部分に作為を施すことは難しいのである。 もう一つ例を挙げれば、一番最初に掲げた書の文字であるが、上部と下部の「日」の間の隙間がポイントである。鑑定資料はcで指摘したように「隙間が大きい」、対して対照資料は「隙間が小さめ」である。このような部分を意識して書いている人、あるいは気付く人は少ないだろう。したがってこのような部分も模倣はしにくいのである。 |
|||
■ | 警察系の筆跡鑑定は考察が浅く表面的・機械的である。 |
||
このように見てくると、警察系の鑑定に共通する問題点として、「深い考察がなく、表面的・機械的な判断に終始する」という欠陥があることがわかる。したがって、少し複雑な筆跡鑑定や、偽造が疑われるなどの難しい筆跡鑑定には対応能力が足りないのである。 私は、倫理性と鑑定技量の高い鑑定人を増やして、わが国の鑑定能力を高め、司法の信頼向上に貢献したいと思っている。 |
|||
★このブログはお役に立ちましたでしょうか。ご感想などをお聞かせいただけば幸いです。 メール:kindai@kcon-nemoto.com |
|||