■ビジョンの効果と策定の手順■  (『商業界』03年2月号掲載)

   経営者の熱い魂こそ成長の原動力になる


近代経営研究所・代表
 中小企業診断士 根本寛

 昨年は企業の不祥事が続いた。小売業に縁の深い食品だけでも、ちょうど1年前の1月に雪印食品の牛肉偽装事件が発覚、3月は全農チキンフーズと丸紅畜産、8月には日ハムと食肉の偽装事件が続いた。10月には西友に飛び火し返金事件が起こった。
 雪印食品は4月に解散となり、50年続いた一部上場企業がたった3ヶ月で姿を消した。自業自得とはいえあっけないものである。これは、理念や企業倫理を持たない企業のなるべくしてなつた姿である。図表1を見ていただきたい。企業としての理念がなく、「何が何でも儲けたい」と考えれば、その行動は傍迷惑(はためいわく)なエゴ行動にならざるをえない。つまり、その企業の本質は「迷惑体質企業」だ。
図表1  ビジョンなき企業の衰亡サイクル


 その結果、社会の支持は失われ業績悪化となり、それを取り戻そうとさらにエゴ行動を加速する。ついには少々の危ない橋でも渡れということになり、今回のように信用の土台である商品を偽装するという、絶対にやってはいけないところに足を踏み入れてしまった。
 理念なき企業の行きついた姿であり社会的に有用なものは栄え、社会的に有害なものは排除されるというセオリーを証明した。
 雪印食品に理念やビジョンがあり、全社的に共有化しようという真剣な想いがあれば、このような無残なことは防げたはずである。しかし、理念やビジョンというのはこのような企業倫理の面からのみ大切なのではない。


■ビジョンとは経営者の夢を文章にしたもの
   理念とかビジョンというと高邁(こうまい)なもので中小店には縁がないと考える店主がいるが、それは誤りである。理念やビジョンの中心は、「どんな経営をしたいのか」という経営方針の面と、「どんな会社(店)になりたいのか」という長期目標の二つである。
 こう考えれば、一人でも人を使おうとするならば、このような面を明確にして従業員と共有していくことの大切さが理解されるだろう。生まれも育ちも異なる人間が協力していこうとすれば、どうしても共通の考え方を持つ必要がある。
 たいていの経営者には、こんな経営をしてみたいとかこんな店にしたいという夢がある。それを周りの人間にも理解されるように文章にすれば立派な理念・ビジョンである。
 ついでだが、このような経営をしたいという「方針」にかかわるものが理念、どんな店になりたいのかという「究極の目標」がビジョンと言える。しかしそんな区別はそれほど重要ではない。今後は、両方を統一してビジョンと表現する。


■挑戦を続ける企業はビジョンを持つ
   ビジョンには主なものだけでも次の4つの意義がある(図表2参照)


@ 長期発展のエネルギー
A 強みを築く戦略の土台
B 意志統一と意欲の源泉
C 世の中の協力が得られる


図表2  ビジョンの4つの意義



 第1に、ビジョンは長期発展のエネルギーである。
 そもそも店がどこまで成長できるかは店主の気持ち次第である。多くの店は20坪程度の規模で止まってしまうが、それは経営者がその程度でいいと思っているからだ。
 こういうと、冗談じゃない、もっと店を大きくしたいと思っていると言う人がいるかも知れない。しかしそれはタテマエで本音は「食えるようになればよい」と思っている店主が多い。
 つまり多くの人は、食えるようになりたい、家族を養わねばとそこまでは頑張るが、それが達成されるとそれ以上店を発展させるエネルギーは消滅してしまう。それはビジョンがないからである。つまり、ビジョンがないと「早期老衰企業」になり、早い段階で成長が止まってしまうということである。
 仮に20店のチェーン店を持ちたいというビジョンがあれば、必ず到達できるとは言えないが、達成エネルギーはあると言える。そして、正しいビジョンは周囲の者を共感させ、仮に1代で達成できなくとも、次の代に受け継がれ成長の原動力になる。
 また、仮に「地域の発展に役立ちたい」というビジョンを持っていれば、食えるようになったからもういいということにはならない。低いレベルで満足せず、もつとできないかと挑戦し続けることになる。挑戦している企業は若い企業だ。
 いつまでも成長と革新のできる若々しい企業でありたいと思うならばビジョンを持つことである。


■ビジョンは強みを築く戦略の土台
   第2に、ビジョンは「強みを築く戦略の土台」になるということだ。
 いまや成熟社会となり、顧客が求める何らかの分野で特色を持たないと存続できない時代になった。人マネでは通用しない「本物時代」になったということである。  
 商品だろうと売り方だろうと、他店にはマネのできない本物をつくり上げるには、目標を明確にした上での長い年月にわたる継続した努力が必要だ。
 神奈川県・葉山の「リカーズかさはら」は住宅地の中という、不利な立地の16坪の酒店だが年商約1億と、平均的な店の2倍以上の売上がある。
 それは「葉山ワイン」というPBが広く支持を集めているからだ。このワインは、きれいなブルーのボトルにヨットの絵のラベルという、リゾート葉山のイメージにピッタリの商品である。   
 葉山を訪ねた人ならぜひ土産に買って帰りたい、葉山の住民なら人を訪ねるときの手土産にしたいと感じさせる本物商品である。
 リカーズかさはらが何故この強い独自商品を開発できたのか。それは長い間、店主の笠原さんが次のようなビジョンを抱いていたことにある。


  酒店を通じて人々の豊かなライフスタイルづくりに貢献する。
  リゾート葉山を訪れた方の楽しい想い出になり、地域のイメージアップになる商品を開発する。

 笠原さんの成功のカギは、「強いPBを持って儲けよう」と発想したのではなく、酒店
という立場で、何か人々のライフスタイルを豊かにすることに貢献できないだろうか、そして葉山のイメージアップになるような商品がつくれないだろうかと、自分の儲けだけでなく高い志を持ったことにある。それが、幅広い支持を集めている要因の一つだろう。
 顧客に支持される本物の店になろうと思えば、長期にわたり一つの目標を追求する粘り強い努力が必要だ。そうやって一つの道を追求してこそ実力もつくし情報も集ってくる。人の成功をマネしようと、右顧左眄(うこさべん)していては何年経っても本物にはなれない。
 「小売業は環境適応業」と言われるが、環境に適応しながら何をやるのかを明確にしなくてはならない。それがビジョンの確立ということだ。つまり、ビジョンは、路線を確定させ、独自の強みを築く戦略の土台になるのである。


■意志を統一しやる気を引き出す
   ビジョンの意義の第3は「意志を統一しやる気を引き出す」ということ。
 複数の人間が力を合わせようとするなら、共通した目標や方針を持たなければテンデンバラバラの烏合の衆になってしまう。それどころか反対方向に引っ張り合い、努力を相殺してしまうことにもなりかねない。
 ビジョンがあれば、進むべき方向や方針が社員全員に浸透し、社員は一々上司にお伺いをたてなくとも自主的に判断し仕事に取り組める。
 ビジョンがなければ社員はどんな方向に努力してよいか分からない。何をやるにもお伺いをたてるか、指示されなければ何もやらない「指示待ち人間」になってしまう。
 事前に進むべき方向や方針というビジョンが示されていてこそ、社員は一々指示されなくとも、ミスを恐れず自由な創意工夫ができるのである。
 「一々指示しないと何もやらない」と嘆く経営者は多いが、部下が迷いなく積極的に行動できるよう、明確なビジョンを示しているのか、進むべき方向を示さないでいて判断ミスをした社員を叱りつけたことはなかったかと自問してみることが必要だ。そんな環境では自ら意欲的に働く社員などできない。リーダーがビジョンを示さないことの罪は重い。
 近所に40坪ほどのディスカウントショップがある。経営者(店長)は2代目の30代の若者。小さな店だがいつ行っても客が群がっている。
 いまどき、40坪ばかりのディスカウントショップなどセオリーから言えば弱者の筈だが、非常に元気な店だ。
 店内を一周するとその秘密がわかる。
とにかく並べられている商品がどれも目新しく、始めて見るような品も多い。何と言っても、商品の新鮮さとバライティの多さが魅力の中心だ。3〜4人いる若い店員が、元気良く店内を飛び回っていて活気もある。
感心したので店長に尋ねた。
 「いつ来ても活気がありますが、何か特別なビジョンがあるんでしょうか」
 店長からは、「ビジョンというほどのものはありませんが『ノンストップ・モーション』という言葉をスローガンにしてやっています」という答えが返ってきた。
 つまり、店には完成はないと考え、品揃えにしても、陳列にしても、決して休むことなく永久に変化し続ける方針とのこと。その方針のもとにパートにも仕入権限を与え、自由にやらせているとのことである。
 なるほど、そういう方針ならば、常に店内が変化するし店員の動きも良い筈だと納得した。このようにビジョンが明確になっていれば、社員は大筋を誤る恐れがなくなり、積極的な行動を取るようになる。
 集客のポイントは「3E」である。3Eとは「イージー」(気楽に入れる)、「エキサイティング」(興奮させられる)、「インターティメント」(面白さ)のこと。確かに、この小さなディスカウント・ショップには3Eがあると再確認させられた。



■ビジョンがあれば多くの人の応援がある 
   ビジョンの意義第4は、「広く自店の考え方を理解してもらうと、社会から有形無形の応援が集る」ということ。
 ある企業は、ビジョンを作成してホームページに掲載したところ、それまでより数段レベルの高い応募者が来るようになった。別の企業では、ビジョンに共感した他の経営者と親密になって共同の商品開発が進んだそうだ。
 成熟社会となり「良いもの安く」が当たり前になると、人々は単なる金儲けだけではない、社会的に有益な活動をする企業家を尊重するようになる。
 いまや企業に理念性があるかどうかで、顧客や社会、社員、企業などのステークホルダー(関係者)が企業を選択する時代が始まっている。
 近年「自己実現」という言葉を聞くことが多い。自己実現とは「自分というものの価値を実現する」ということ。商人もビジョンを持ち「自分ならではの社会価値を店を通じて実現する」時代だとも言っても良いだろう。


■ビジョンは徹底してこそ浸透する 
   ビジョン策定の手順は、それほど難しいものではない。前述したようにたいていの店主の胸には「こんな経営をしたい」といった願望がある。それを、文章にすることに取り組んでみていただきたい。
 このとき、人をうならせるような名文にしようと、美辞麗句を並べて本心とは違うものを作ったとしたらそれは邪道だ。素直に本音で書くのがよい。本音でないと自分を奮い立たせることも人を共感させることもできない。ビジョンにはぜひともこうしたいという、「本望性」が大切なのでである。
 ビジョンにはこのような形でなければという決まりはなく自由な形式でいいが、最低、つぎの内容は含んでいることが望ましい。


@ このような価値を大事にして経営していきたいという経営方針。
A このような店にしていきたいという究極の目標的なもの。
B 従業員に対する基本的な考え方。


 たとえば@について、地域のお客様に信頼される経営をしたいとすれば、「地域のお客様に信頼され頼りにされるよう行動する」と素直に表現すればよい。
 ある程度幹部社員がいるような企業ならば、そのような社員の考え方もよく聞いて、納得できるものなら反映させることもよいだろう。しかし、多数決で決めるというような方法はあまり賛成できない。そういうやり方だと、おうおうにして当たり障りのない平凡なものになりやすい。
 こうしてビジョンが策定できたら、ぜひ発表式典を行ないたい。関係者なども招いて創業記念日などに行なうとよいだろう。
 このようにして制定したビジョンは社内に定着し、社員の日常行動に反映されることが大切だ。それには、まずは清書して皆が見えるところに掲示し、朝礼のたびに斉唱するなどは当然である。あるいは、会議のとき、順番を決めて「私とビジョン」といったテーマで5分スピーチをするなども良い。
 ともかく、様々な機会を捉えて粘り強く浸透させていく努力が大切である。


■4坪の店を200億企業へ育てたビジョン
   最後に、ある会社を育ててきたビジョンを紹介したい。東京・品川に本社のある(株)文化堂の経営理念である。  
 文化堂は、創業50年、20店舗、年商約200億の食品スーパー。前期も今期も2店づつ出店している。
 以下の経営理念は、50年前、現社長の後藤せき子さんが、23才で創業したとき作ったもの。その後、一言一句も変えていない。


 
文化堂の経営理念
1.我が社は新しい良い品を安く販売します。
2.我が社員は誠意と努力と進歩を重んじます。
3.我が社は和を以って繁栄を信じます。

 後藤さんは、岐阜の農村から21歳で上京し、わずか23歳で4坪の菓子店をつくり出発した。その小さな出発から50年。今や200億、社員600人の企業に成長した。
 「雨も風もありましたが、23歳の時の創業の精神を片時も忘れず精進できたのは、この理念を作ったからだと思います」(後藤さん)
 特に変哲のない理念だが、ここには後藤さんの熱い魂が宿っている。
 ビジョンは経営者の魂である。新年を迎え、経営者の道を歩まれる皆さんは、ぜひともビジョンを明らかにし、大いに自己を実現していただきたい。

(おわり)