(『カードック』04年10月号より)

[社長が決断するとき・第9回
近代経営研究所・代表
中小企業診断士 根 本 寛

会社分裂の危機を乗り越え発展の軌道に・・勇気ある決断


   株式会社成食・林良江社長

 
   産業構造転換の嵐が吹き荒れている。ここ二年は、業歴三十年以上の老舗企業の倒産が倒産全体の三割近くになっている。かって無かったことである。転換期には得意先の倒産など突然の突風に翻弄されることも少なくない。そんな困難を乗り切った先達の経験に学ぶことは、リスクマネジメントの面から今こそ必要だ。先達の生々しい経験をお伝えしたい。

■存続を賭けた社員への問いかけ
   「皆さんに大切な話があります。今から当社の経営理念と経営方針を説明します。皆さんの中でこの考え方に賛成できない方は、これから一緒に仕事をしていくことはできません。この部屋を出て行ってくださって結構です。賛成する方は残ってください。私は、皆さんとビジョンを共有し、協力し合い、共に成長し、働き甲斐のある会社を作っていきたいのです」
 林良江社長(以下敬称略)の声が響くと、ざわめいていた会議室はシーンと静まり、20人の幹部社員の顔には緊張がよぎった。
 五年前、林、41歳のときのことである。当時、会社は社長の林と吉岡専務(仮名)の二派に分裂し、社員参加型の経営をしようとする林は吉岡に足を引っ張られていた。
 吉岡は、(何を言い出すのか、お手並み拝見)といわんばかりの顔で腕組みし足を組んでタバコの煙を天井に向かって吐いた。

■顧客の声を聞くうち事業に
    (株)せいしょく成食は、給食サービスや社員食堂などの運営管理、ケータリング、居酒屋経営などを業務とし、現在従業員95人、年商6億、順調に成長路線を歩んでいる。社長の林は32歳で創業、現在14年目になる。
 林はおいしいものを食べ歩くのが好きというどこにでもいるOLで普通の主婦だった。その林に転機が訪れたのは平成2年のバブルのころだった。母の営む食堂を手伝っていた林が常連客から「賄いの調理人を紹介して欲しい」相談されたのがきっかけである。
 当時大田区・羽田近辺は建設ラッシュ。ゼネコンが多くの現場を抱え、社員食堂の調理人を求めていた。頼まれるまま次々と調理人を世話するうち、今度は社員食堂の運営を全てやってくれということになった。
 林は、特に経営をしたいと思っていたわけではなかった。しかし、それまで、ブテックでの販売経験や会計事務所勤務の経験などあったためか、顧客のニーズを掴む感覚の鋭さと、体を動かすことを嫌がらない努力家だった。だから次々と顧客が増えて三年も経つころには社員40人、食材センターを持ち、年商3億程度の立派な事業家になっていた。

■専務をヘッドハンティング
   当時林は35歳、小柄なせいもあるが、どこへ行っても社長として認めてもらえず、社内の押さえも利かないことに悩んでいた。強いパートナーが欲しいと思い、業界大手のバリバリの営業マンをヘッドハンティングし専務に据えた。これが吉岡である。吉岡は、さすがは名うての営業マンだった。次々と取引先を獲得してきて事業の発展を支えた。
それだけではない。入社してくる調理人の中には気の荒い者や、性根の良くない者がいる。そういう連中は林では押さえがきかなかったが、林より十歳上の吉岡はときには暴力を使ってでもピシリと押さえた。
しかし吉岡は、大黒柱的存在になるに従い、徐々に態度が横着になっていった。林の経営が気に入らないと遠慮会釈なく文句をつけ、どっちが社長だかわからないような状況になった。それだけではない。営業態度も真剣さが薄れてきて、ぬるま湯につかるようになってきた。

■社員の育成で意見が合わない
   伸びている成食には、大手会社からスピンアウトして入社する者も少なくなかった。彼らは挫折し意欲を失っている者が多かった。林はそういう社員であっても、ビジョンを共有していけば意欲を取り戻してくれる筈だと思った。そういう経営をしようと思った。
 しかし、吉岡は「絵空事」だと一笑に付した。
 「一番大きな方針の違いはこれでした。吉岡は教育なんか馬鹿馬鹿しいと古い商店主のような考えを持っていました。・・・トップの方針が定まらなくては社員も安心できない。どう舵をとればいいのかと心底悩んでいました」
 
 林は藁にもすがる思いで「地獄の特訓」という経営者向けの合宿訓練に参加した。20人ほどの参加者には3人の女社長がいた。林は、そこで、悩んでいるのは自分だけではないことを知った。また、社員を育て社員参加型の経営をしたいと思っていることは間違いではないと自信を持った。
 平成10年、東京中小企業家同友会という経営者団体に入り、経営理念、ビジョン、経営基本方針や社員の育て方などを学んだ。
そして、平成11年、20人の幹部を集め、まとめあげた経営理念、ビジョン、経営基本方針を説明した。冒頭に述べた場面である。

■己の信じる経営を貫きたい
   林は真剣だった。幹部の多くがが吉岡につき、9年間頑張ってきた会社が分裂するかもしれない。皆が自分についてきてくれるという自信はなかった。
しかし、林には自分の経営理念は間違っていないとの信念があった。「全員が成長し、潜在能力を発揮し、チームワークを発揮して皆が幸せになるような会社」というビジョンを目指さなくては会社の存在意義がない、それができないのなら会社を去ろうと腹をくくっていた。
 林の説明が進む。「専務をはじめ何人かの幹部は、内容は今までの自分を否定するものだと感じたと思います。しかし、部屋を出て行くものはいませんでした」
 いや、実際は一人の女性幹部が部屋を出て行こうとした。これは、林の予測外のことだった。林は驚いて腕を掴んで言った。「あなたは出て行かないでください」
 この女性は出て行ったが、翌日、一緒にやりますと申し出てきた。彼女は言った「風呂に入ったら、社長に掴まれた腕にアザがついていました。それを見て社長は本当に私を求めているのだと心を打たれました」
 吉岡には、食材センターとかなりの得意先を渡して独立させた。
今、成食は全員の心が噛みあって燃えている。今月の11日と12日には、幹部10人が参加して、次期の経営計画作りの合宿を行った。林の信念と勇気は、強い波動となって社員に受け継がれている。