(『カードック』04年7月号より)

[社長が決断するとき・第6回
近代経営研究所・代表
中小企業診断士 根 本 寛

  「ユデガエル」を拒否して自主路線へ‥‥勇気ある決断と革新

   株式会社フルイチ・古市民雄社長

 
   産業構造転換の嵐が吹き荒れている。ここ二年は、業歴三十年以上の老舗企業の倒産が倒産全体の三割近くになっている。かって無かったことである。転換期には得意先の倒産など突然の突風に翻弄されることも少なくない。そんな困難を乗り切った先達の経験に学ぶことは、リスクマネジメントの面から今こそ必要だ。先達の生々しい経験をお伝えしたい。

■80%稼動でなぜ赤字?
   「御社からの注文は採算の取れない仕事ばかりですから、今後のお取引は一切お断りします」
 こんなセリフを叫びたくてウズウズしている町工場の経営者は少なくないだろう。
 ここ数年、親会社からのコストダウン要求は激しさを増すばかりで「どんな計算でこんな単価がはじき出せるんだ」と唇を噛んだ下請けは少なくないはずだ。
 埼玉県吉川市の潟tルイチ・古市民雄社長(以下敬称略)もまさにそんな状況にあった。同社は精密プレス金型設計製作と精密プレス加工を得意とする町工場。得意先は大手企業を含め35社、従業員は30人の中堅工場だった。
 高度な技術を得意とし、その技術のために、毎年売り上げの一〜二割もの設備投資を続けてきた。しかし、親会社からのコストダウン要求は激しさを増すばかりで、何と2000年の決算は稼働率80%もの成績を達成しながら4000万もの赤字を計上した。
 「いくら何でもこれは納得いかない。このまま続ければユデガエルになってしまうと思いました。それに、自信を持っている高い技術を正当に評価されないのには我慢がならなかったのです」(古市民雄)
(注 ユデガエル‥‥生きた蛙を水を張った洗面器に入れて火にかけると飛び出すチャンスを失って茹でられてしまうというたとえ話)

■前代未聞、下請けからの縁切状
   古市は思い切った決断をした。
それは、この際、今までの取引先全社と縁を切って出直そうという
ことだ。
 普通、こんな状態になっても下請けが親会社を切るなんてことは出来るものではない。高度成長期ならまだしも、今は新しい得意先が簡単に見つかるような時代ではない。親会社に泣きついて、多少の単価アップを頼むくらいがせきのやまだ。
 しかし、古市は違った。親会社と下請けという依存関係を断ち切らなければこの問題の真の解決はないと考えた。そして、始めたばかりのインターネットによる受注に賭けようと覚悟を決めた。
 インターネットのホームページは、二十代の長男が中心になって少し前から始めていた。この時点では、本格的なものではなかったが、それでも少しは問い合わせが入り、その反応に古市はかすかながら将来性を嗅ぎ取っていた。
 こうして古市は、2000年5月、大手2社を含む35社の全取引先に取引辞退の手紙やメールを発信した。中途半端に切り替えたのでは、インターネットでの受注に十分な対応ができないと考えたからだ。

■ITに活路を見出す
   しかし、重大な決断をして切り替えたからといって注文が入る保障はない。当時月4000万あった売り上げは、翌月の受注はゼロ。不本意ながら社員の賃金30%カットに追い込まれた。不満を抱いて会社から去る者もあり30人いた社員は15人になってしまった。
 しかし、顧客への情報提供を充実させるなどホームページの内容を強化していくのに応じて、徐々に良い反応が出てきた。
 「ホームページでは、当社の最大の強みである高い技術と短納期を打ち出しましたが、これが的を得ていたようです。引き合いは、やはり技術的に難しいもの、納期のないものが多かったですね」
 顧客への情報提供を重視したきめ細かなホームページによって業績は予想以上の速さで回復。利益率は10〜20%向上し、3ヶ月後には損益分岐点を上回るまでになった。

■機械の稼動状況をITで開示
   インターネット中心の営業に切り替えて四年経過の現在、古市は、開かれた取引関係を実現し、取引先ともども経営合理化を進めたいとさらに進んだIT活用の方向を模索している。
 その一環として、まず、ホームページ上で「NC機稼動状況」という名称で、機械の繁忙状況を顧客に開示するという画期的な方式をスタートさせた。これは、機械ごとの繁忙状況を「○・×・△」で示し、顧客の合理的な発注に役立てて貰おうとするものだ。
 つまり、○印の機械は休業中で即受注できる状態、△は稼動中だが受注に応じられる状態、×は繁忙で受注できない状態をそれぞれ示す。そして△の機械は標準価格、○は標準価格の10%引き、×は10%アップになるという「明朗会計システム」である。 
古市は単に受注促進や自社の利益率アップのためだけにこのような工夫をしているのではない。お互いにムダなコストをカットし、取引先と協力して競争力のある事業を構築しようとしているのだ。
 このような努力もあって、現在、売り上げこそ以前より少ない年商3・5億であるが、約90社の取引先を持ち安定的に推移している。

■成功の根幹は研鑽と決断力
  最後に、潟tルイチの成功要因を整理しておきたい。
@ 土台となる技術の蓄積があったことと受注から納入までのスピードが早いこと。これは経営のスピードにも通じ、まさに現代の経営のカギ「スピードの経営」を実現している。
A IT責任者が子息であることから、意思の疎通が抜群で、経営者の理念・ビジョンとホームページの内容がピタリと一致して説得力があること。一般にトップの意思がWEB担当者に十分理解されることはなかなか難しい。
B 社長・古市の時代を見通す感覚と、それを踏まえての勇気ある決断力・革新力。これは、多くの仲間たちとの情報交換や勉強など、絶え間ない努力によって身につけたものだ。
何と言っても、この三番目の経営者としての研鑽とそれを土台にした勇気ある決断が今日の潟tルイチ成功の根本要因である。そして、高い技術力と短納期という強みを築いていたこと、それをITを使ってうまく情報発信するという形にしたことが成功のカギだ。
潟tルイチの成功を見習うのなら、単にホームページをつくれば売り上げが伸びるというような単純な図式でなく、しっかりした経営理念と戦略が必要なことを理解してかかることが必要だ。